昔からとうふ屋と菓子屋は朝が早いと言われています。それはどこの菓子屋も毎日のように開店までに朝生菓子を店頭に並べなければならないからです。「朝寝坊などしている根性無しは菓子屋にはなれぬ」と若い者は厳しく言われていたもので、私も母にたたきおこされ、真っ先にボイラー室に駆け込み火を焚きました。当時の燃料は石炭なのでこれは大変な仕事です。毎朝が戦い。店で売る朝生菓子は、絶対八時までに作らなければならない。そのためには朝四時から仕事を始めないと開店には間に合いません。八〜九時に出勤している今の若い者には想像できないことでしょう。この朝の仕事が一段落して、ようやく朝食を食べることができるのです。これが私の朝の日課ですが、これほどまで大変な思いをしなければならない理由はどこにあると思いますか、それは朝生菓子こそ、その店の顔であり目玉商品でもあり看板商品となるからです。なぜならばその店の技術力そして客に対する誠意などが全て、そのひとつの菓子に凝縮されているからです。父も「その店の味は朝生菓子で決まる」と口癖のように言っておりました。私も全神経を集中させ細心の注意を払って作ったものです。
朝生菓子は番茶菓子とも言われ、一番茶の香りと同じで出来たての新鮮さを売り物としなければなりません。日持ちする菓子はある程度の言い訳はできますが、今日一日の命である朝生菓子はごまかしなんかできない繊細なものです。しかし、最近はお客様の気持ちも解らなくなってしまったのか日持ちすることを最優先しているようです。売ることを中心に考え何日でも置けるようにした結果、不自然な色や形になっている菓子が見られます。決して悪い事だとは言えませんがいったいどのようにして作っているのでしょうか。本来、その日かぎりの命であるはずの朝生菓子が何日たっても味も形も変わらない。おかしいと思いますがいかがでしょうか。菓子は全て生き物です。時代は変わっても私達が先輩に教えられた技術にはうそがありません。この伝統を忠実に受け継いでいるからこそ今日まで変わることなく菓子を作れることができたはずです。けれども残念なことに「売る」「金になる」ことのみに走り、菓子創り人本来の姿勢が別の方向に進んでしまっています。朝生菓子一つを挙げてもこのような状態ですので、これからの後継者に残させるものは何もなくなってしまうのでは、と心配しています。
ここで私が言いたいことはもう一度、昔に戻り「本日は売り切れました。また明日のご来店をお待ちしております」という看板がかけられるような菓子作りをして欲しいということです。厳しいことを言っているかもしれませんが決しておごり高ぶって言うのではなく、本物の菓子が失われることを、惜しむ心が強いからです。このようなことからも本物の朝生菓子作りに挑戦してみてください。そうすれば「菓子は生き物」「食べて無くなる芸術品」だということを実感できると思います。そして「自分で苦労して作った菓子は我が子と同じである」というような愛着が湧いてくるまで辛抱強くがんばって行こうではありませんか。
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